まずは、あってはならないこと、というのが前提です。
仕事で寝る時間もなく、やってもやっても報われない思いになり、もうだめだ、と呟いているのに誰も手を差し伸べてくれない。そして視界がどんどん狭くなり、明かりの見えない道をただ疲労だけ抱えて歩いているうちに命を自分で捨ててしまう。
こんなこと本当にあってはならないことです。
気の毒だという思い、悔しい思いがいっぱいだし、彼女の悔しさを思えば、今、何かを言ってあげられることもなく、不甲斐なく思う。どうして誰も救えなかったんだろう、って。
でも、私は少し思うの。いや、私だけでなく、きっとみんな判ってるんじゃないかなぁ。
彼女がそうせざるを得なくなった事情は決して仕事だけじゃないって。
そこにある意味"攻撃"があったって。いじめ、と感じられるようなものとかね。彼女は結果的に周囲に殺されてしまった、と思ってる。
仕事が大変で超忙しい、寝る間もない、ってそれだけでそこまで追い込まれるなんて考えにくい。
一生懸命していることが報われなかった、報われていると感じられなかったからじゃないかって。
誰も報いてくれなかった、褒めてくれなかった、思いやりをもって接してくれなかった、本気で体を心配してくれなかった、孤独に気づいてあげなかった、そんなことが積み重なって彼女を追い込んだ気がするの。
電通は忙しい会社・・・・ていうか、当たり前だよ、世の中にヒマな会社は少ないよ。
銀行、証券会社、商社、学校、病院、役所、マスコミ、、、、ほかにもいろいろ忙しい会社はあるけど、広告会社も忙しい、なんてこと言うだけバカらしいんだけど、忙しくない会社なんて世の中に少ないんだってことも、みんなわかってるよね。
だからね、忙しいだけならもっと人が死んでるって思うのよ。私自身も生きてなかったかもしれない。でも生きていられるのは、仕事が忙しくて月曜日に家を出てから、日曜日まで1週間ずっと家に帰れず、寝る時間も殆どとれず、平日お風呂に入るためだけに高いお金を払ってホテルに入り、ただシャワーだけ浴びてまた会社に戻る、、、そんな生活が4年も5年も続いていて、ふっと時々そんな自分をひどくだらしなく思うんだけど、もうだめだ、限界だ、と呟いたこともなければ、死のうと思ったこともなかったもの。
それってたぶん、私はいじめられてはいなかったし、協力してくれる仲間もいたし、一緒に徹夜してくれる上司もいたし、ひとつの仕事が完結すればみんなで喜んだり、それについて振り返って、次はこうしようとかって話し合ったり、達成感を感じたりすることができたからだと思う。
仕事は決して楽しいものではない。そもそもつらいもので、苦しいもので、だからこそ早く正しく終わらせようと頑張れる、さっさと仕事とお別れしたいからだ。仕事を楽しむなんて、別にいいけど、私は理解できない。楽しむのは「趣味」とか「余暇」じゃないの?仕事は趣味じゃないのよ。別にいいけど。
でも、達成感を感じることができるその瞬間は、仕事も悪くないって思った。
だから思ってしまうの。彼女を追い詰めた人間を見つけて処罰すべき、ぐらいに。それなのに電通は「鬼十則」を削除する方向で検討する、とかそんな明後日の方向(わたし的に)の話をしているってニュースで読んだ。まあ、そのほうが会社にとってもラクだからかもしれないけどね。或いは、バカなパワハラ上司がこれを言い訳に使わないように、ってことなら少々うなづけますね。
「鬼十則」って読んだことある?私はある。てドヤ顔で言うことじゃない。今ならネットで見られるし。あれが言いたいのは、がむしゃらに仕事をしろ、ということだけではないと思うんです。
解釈はさまざまでしょうが、それこそ行間を読めば、何よりここで言われていることを実践するためにまずは何が必要か、というと、適度な休息や充分な睡眠、本当に健康な心や、そんなものがなければ叶わないことばかりが提唱されてて、実際にこれフルで出来る人なんていない、いや、むしろやんなくていいし。高い理想を掲げたもので、それだから会社は前に進める。社員は頑張れる。そうでないとしても「目標」みたいなものはあるべきでしょ?小学校6年のときに受験塾に入って、その塾の校歌にもあったけど、高い理想を目指すんだ、って。
断っておきますが、私は電通の肩を持っているのではないし、別に「鬼十則」を削除しないで、って言いたいんじゃない。
それは本当に虚しくて悔しい。どうか、間違えないで欲しいって本当に思っています。
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